第四章 暗中交錯 C

「てめえ、適当なこと言ってんじゃねえぞ!」
 垣崎は相手を射殺すような炯眼で睨みつけると、思いきり松岡を殴る。
「ほ、本当ですって……」
 取り囲んだ自衛隊員は呆気にとられていたが、このままでは掴みあいのケンカになりか
ねない状況に業を煮やしてか隊長らしき男が間に割って入る。
「おい、いい加減にしないか」
 間に割って入る自衛隊員も困惑の表情。垣崎は隊長らしき男を睨み返しながら
「おい、あんたもこんなヤクザの言うこと信じるのか?」
「そう言う訳じゃないが……」
「こいつはあのガキどもの身内だぞ、そんな奴が本当のこと言う訳がねえだろうが。俺は
これ以上こんな奴らの下らねえ追いかけっこにつき合わせられるのはごめんなんだ。俺の
任務は犬養の逮捕だ。山岳登山じゃねえし、追いかけっこでもねえ」
 本当に嫌そうな顔をしながらなおも垣崎は煽りたてる。
「おい、それとも警察の言う事は信じられなくって、ヤクザの言うことの方が信憑性があ
るなんて言い出すんじゃねえだろうな」
「まあ、それはそうなんだが……」
 完全に判断に困った士官の男は腕を組んだままどうするか迷っている。
「俺はガキどもの居場所を教える。てめぇらは犬養の場所を俺に教えろ」
 このままだ。このままいけば、時間が稼げる。
 垣崎の脳裏にそんな事がかすめた時だった。後方から冷たい音質の声が聞こえた。
「警察と言ってもいろいろあるでしょう」
 間に入ってきたのは自衛隊員の一人だった。
「……木田。なんだ?」
 士官は苦笑いのような困った顔をして目をそらす。
 ぼんやりとした顔には何の感情も見られず、ただ垣崎と松岡を茫洋と見つめているだけ
だった。
「公安部は人を謀るのが職業ですから。煙に巻いて場を有耶無耶にしてしまう。信じるか
信じないか……ではなく、どちらの言葉の方が合理的で、どういった結果を生むかを考え
るべきでしょう」
 呼吸の読めない平坦なもの言い。垣崎は内心舌打ちをする。
 こういう手合いはめんどくせえ。
 それが垣崎が最初に感じた感想だった。欲も上昇志向も失敗への恐怖もない人間。こう
いった人間はどのような状況下でも淡々と任務をこなしていく。そう言う人間に嘘は通じ
にくい。
 自分たちの言葉によって導き出される全結果のパターンがおそらくはこの男の頭の中で
シュミレーションされているに違いない。
 垣崎と松岡がどんな事を言って、その結果出てくる自衛隊が取る行動パターンのすべて
はこの男の頭の中で何十通りと作り出され、そしてその中から一番合理的なものが……つ
まり嘘と真実が導き出される。
「おい、木田。お前の言っていることはよくわからんが……」
 士官の男はいかにも頭の悪そうな困惑を浮かべながら、木田という男に突っかかる。
 しかし木田はそれを受け流すように垣崎に顔を向ける。
「甚だ信じがたい任務ではありますが、異能の少女という者を連れている少年たちの足で
行ける範囲を絞りました。その中にこの公安部の人間が言っている個所は含まれません」
 再び垣崎は内心で舌打ちをする。
 木田は睨みつけるわけでもなく、垣崎を見ると。
「ずいぶんと粗雑な作戦でしたが残念ながら自衛隊はそれほど浅はかではないんですよ」
「あともう少しだとは思ったんだけどな」
 どっかりとその場に垣崎は観念して腰を下ろす。
「そうだったかも知れません」
「……で、どうするんだい? 俺たちを殺すのか?」
「自衛隊はそういう集団ではない事をよく知っているんじゃいですか?」
「しかしお前ら殺る気だろう」
「…………」
「なるほど、おまえさんみたいなやつが出てくるってことは、自衛隊はこの事態を完全に
封殺する気でいやがるな。まったく汚ねえな、上のもんが考えることは」
「考えるのは上のものではありません。この場にいる人間です」
「ああ、そうかい。じゃあ、充分に考えて行動しやがれよ。ことと次第によっちゃあ、自
衛隊の存続にかかわるぜ」
「ええ、そうでしょうね」
 ガラス玉のような木田の瞳が垣崎を見下ろす。垣崎は背筋が凍るような感覚に襲われる

 こいつの頭の中には自衛隊なんてねえんだろうな。くそっ、計算外だった。
「整合性を考えればこの松岡さんの言っていることが正しいでしょう。本当のことを言わ
せて、垣崎さんが否定する。困惑した隊は足止めを食らう。時間稼ぎが目的なのでしょう

 すべて見透かされていたことに垣崎は唾を吐きたい気持ちをこらえ、松岡は苦い顔をし
た。
「すぐに沢の方に向かって下さい」
 木田という自衛隊員が言うや否や、士官が指令を出し隊は一斉に動き出す。
 垣崎と松岡を木に縛り付けたまま、隊は山の上を目指して行ってしまった。
 後を追おうとした木田はふと振り返る。
「一つだけ、よろしいですか?」
 木田は人差し指を立てる。
「なんだよ?」
「あなたのしている行動は公安の人間の行動ではありません」
「………」
「何故でしょう?」
 知るか。
 心の裡で毒づきながらも
「いいか、てめえら自衛隊があの双葉を手に入れ、実験を繰り返し、その上でその生命力
のプロセスを仮に解明したとする」
「………」
「そうしたら、てめえら自衛隊はそれをどう使う?」
「軍事力の増強でしょう」
「つまりは戦争の道具だ。戦争ってのは最大値の破壊活動なんじゃねえのかい?」
「だから破壊活動防止法に基づき、阻止しようと?」
「ああ。そういうことだ」
「しかしそれは詭弁ですね。戦争は確かに破壊活動に相違ないですが、破壊活動防止法は
国家、民衆に対する大規模的損害のこと。戦争とは根本的に違います。なにより戦争の場
合は戦時国際法の管轄です」
 垣崎は唾を吐き捨てる。
「厳密な話ししてんじゃねえんだよ。心の問題だ」
「心の?」
「公安がどうのじゃねえ。戦中派とすりゃあ、あんな戦争もうしたくねえ、ってそんだけ
の気持ちなんだよ。しかも子供巻き込んで、その上隔離して実験の毎日だ? 考えただけ
でも反吐がでらぁ!」
「あっしも同感です。政治云々、法律云々はわかりゃしやせんが、目の前の善悪くらいは
わかるつもりです。あんたたちのやってることは、弱いもんいじめだ。子供たちを銃をも
って追い詰めてる弱いもんいじめにほかなりやせん。そんなもん仁義にそむく行為でやす

 松岡と垣崎の言葉を聞きながら木田は冷たい目で二人をジッと見つめる。
「もう少しだけ聞かせてください」
 ガラス玉のような目が興味を示したようには一切見えなかった、がしかし木田は一歩二
人に近づく。
 垣崎と松岡は何が起こったのかすぐに理解ができず、顔を見合わせた。
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